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セルビアの難民事情 2015~2019年

8.最後に

セルビア及び、セルビア人の難民に対する対応は寛容です


もしこの写真に「セルビアは何もしてくれない。警察は私達を殴る。住む所もなく野宿するしかない。」という難民のコメントが付いていたら閲覧者は「あぁなんて可哀想なんだろう。セルビアってところは(やっぱり)非人道的だ!」と思うだろう。

筆者は2015年から4年に渡り、テレビ取材のためシリアやアフガニスタン、パキスタンの難民とセルビアの施設、近隣住民、国境警察、交通機関の聞き込みをしてきた。
結果、セルビアはこの問題に真面目に取り組んでいること、現場スタッフも一生懸命奉仕していることを確信している。 だがこういう情報はなかなかメディアでは報じられない。

またシリア難民の時から感じていたが、セルビア人は難民に関して非常に寛容だ。
撮影中に震えている難民を見かねたセルビア人スタッフは、自分のスペアシューズを渡していた。(貰った方は特にお礼も言わず自然に履き替えていた)
セルビア人は同じ紛争を経験した経緯からか、難民を気の毒に思っている人が多い。


取材時に彼等から「クロアチアの警察に殴られた」という苦情を沢山聞いたし、殴られた怪我の跡も見た。
これを聞いて「クロアチア警察は横暴だ」と判断することは簡単だ。しかしクロアチア警察にも言い分があるだろうし、互いの主張が100%本当かも分からない。

なので皆さんには、こんな写真や報道を見たときには、双方の主張を想像して頂きたい。

難民について

これまで筆者は経済難民に対して良いイメージを持っていなかった。
勝手にやって来てその国の法を遵守せず、不法滞在や占拠をした上に「環境が劣悪だ」など主張する。
トラムやバスで難民を見掛けるが、当たり前だが彼等は乗車賃を支払わない。

ベオグラードの公園横の駐車場の一角で寝泊りする難民 (2017年1月)

ところが、彼等と実際に話してみると、意外に皆フレンドリーだった。
これには本当に驚いた。普通に話してみると教養の高い人も居る。
ボロボロの服を着て難民と呼ばれているが、彼等も本来は学校に通うごく普通の若者だ。

だが、故郷を出て2年経っても目的地に着けず、野宿暮らしが続き、信頼出来る友人も居なければ、お金も希望も無くなっている彼等の孤独やストレス、不満、惨めさは日々強まっている。

そこまでしても、とにかく一刻も早くヨーロッパ入りしたい彼等の目的は、本当に“学校”や “仕事”なのだろうか?
ドイツに着いたら安泰な生活が送れるというのだろうか。 密入国が見つかれば 強制送還ではないか。
それでも彼等は時間と労力を浪費しながら、密入国を繰り返す。
正直なところ筆者にはその目的がよく分からない。

9.【追記】2018-2019年 難民の様子


2018年8月、同じ場所の様子。

半年前と同じく人権団体より炊き出しが行われている。
が、人数は大分減っていた。(アフガニスタン人が最多)

上の写真は2018年2月。
寒い時期だが人が多く、人権団体も7、8人居た。

同場所 2018年8月。
食事の時間以外は殆ど人が居ない。
人権団体も食事を運ぶとすぐに車で立ち去った。

2018年夏頃から難民はルートを変え、ボスニアのクラドゥシャに滞在している。

クラドゥシャは、クロアチアを抜けてスロベニア(シェンゲン圏)に入る最短距離の場所だ。

以下の写真はサルラン(番組取材)から2019年4月に送られてきた写真である。


サルランもまた、クラドゥシャに滞在している。
パキスタンの家を出発してから既に3年半、理想の生活にはまだまだ遠い。